かくのごとく、我思えり

京大生が、本の感想や勉強のことを書いていきます。

仲の良い人のことを「友達」と思い、口に出そう

f:id:Kudou18:20181101221104p:plain

 

僕は仲良くなった人のことを「友達」と言うことがなかなかできません。僕が相手のことを友達だと思っていても、相手も僕のことを友達だと思っているとは限らないからです。

 

人間同士の関係に関する言葉は何個もありますが、その多くは定義がはっきりしています。

 

例えば、「子」、「叔父」、「いとこ」のような家族や親戚に関する言葉は定義が非常に明確です。相手が自分とどのように血がつながっているのかさえ分かっていれば、相手をどう呼べば良いのかが簡単に分かります。少なくとも、相手が「子」か「いとこ」なのか分からないとうことはまずないでしょう。

 

また、「恋人」という言葉もかなり定義がはっきりしています。多くの場合、告白をして相手にその告白を受け入れてもらうことで恋人になります。そして、どちらかが相手を振ったら恋人の関係は終了します。なかには自然消滅というあいまいな形で終了することもありますが、それでも恋人の関係が続いているか否かは比較的分かりやすいです。

 

また、恋愛にはキスやセックスといった、ある程度気を許した異性にしかしない行為があります。そういう行為をしている間柄であれば、その二人は恋人である可能性が高いです。このような明示的な行為から恋人か否かを判断することができるという点からも、「恋人」という言葉は定義がはっきりしていると言えます

 

一方で「友達」という言葉の定義は非常にあいまいです。もちろん法律に友達という言葉の定義はありませんし、社会通念上明確な基準があるわけでもありません。そのため、AさんがBさんのことを友達だと思っていても、BさんはAさんのことを友達だと思っていないということが起こりえます。

 

僕が仲の良い人をなかなか「友達」と公言することができないのはそのためです。だって、自分が友達だと思っていたのに、その人から「え、お前なんか別に友達じゃないよ」と言われたり、言葉にしないまでもそういう雰囲気を出されたりしたらなかなかつらくないですか?

 

しかし、皆がそのつらさを恐れて「友達」と言う言葉を使わなくなったら、世の中の人間関係は全く深まりませんよね。だって皆がつきあいながらも「相手は自分のことを友達とは思っていないのではないか」という疑念を持ったままなのですから。その疑念を持ったままだと、ある程度以上仲良くなろうとしても心の中でブレーキがかかってしまい、それ以上仲良くなることができません。

 

そのような考え方の変遷を経て、今の僕は仲の良い(と自分が思っている)人のことを「友達」だと考え、ときにはそれを口に出すことで、その人との仲がより深まると思っています。

 

先に述べたように、仲の良い人を「友達」だと言うことには、自分が傷つくかもしれないというリスクがあります。しかしそれを恐れていては一定以上仲良くなることはできません。とはいえ、相手が自分のことを友達と言ってくれるのを待つのも悪手です。リスクが怖い、言う機会がないなどの理由で相手も自分のことを友達とは言わない可能性は十分ありますし、そもそも勇気の要る行為を相手に押し付けるというのは不誠実な態度だと思います。

 

そうではなくて、リスクを承知の上で敢えて仲の良い人を「友達」だと言いましょう。これによって、リスクを負ってでも交友関係を維持・発展させたいという意思表示をすることができます。つまり、「こいつは自分のことを友達と思ってくれているんだ。じゃあ仲良くしてみるか」と相手が思ってくれる可能性が上がります。

 

また、仲の良い人を友達と言うことで、自分と仲良くなりたいと思ってくれている相手を安心させることにもなります。自分には相手と仲良くなる意思があることが相手にも分かるからです。

 

相手のことを「友達」だと思い、ときにはそれを口に出すということは勇気の要る行為です。しかし、これをすることできっと相手との仲を深めることができます。皆さんもぜひトライしてみてください。