かくのごとく、我思えり

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ぼっち人生を振り返って、なぜ僕がぼっちになったのかを考えた

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はじめに

 

最近ぼっち関連の記事を書いていますが、ふと「僕はいつからぼっち気質になったのだろう?」と思いました。

 

ということで、今回は僕の交友関係を小学校時代から振り返って、いつから自分がぼっちだと自覚するようになったのかを考えてみます。

 

 

交友関係の振り返り

 

小学校時代

 

小学生にとって、交友関係の基盤となるのは学校のクラスです。僕も、小学生の頃はクラスでぼっちになることはありませんでした。当然、ぼっちの自覚というのもありませんでした。

 

その一方で、自分は明るい性格ではなく人付きあいも上手い方ではないという自覚はありました。クラスの中に友達と言えるほど仲の良かった人も2・3人程度しかいませんでした。今思うとぼっちの素質は十分にありますね。

 

また、小学生の頃は地元の野球チームに所属していました。少年野球のチームの多くがそうだとは思いますが、僕がいたチームも監督が厳しい人でした。そのため「監督の下の平等」のような状態が出来上がり、チームメイトの間に微妙な力関係が生じることはありませんでした。チームメイト同士の仲は良いチームだったと思います。

 

野球チームでは友達と言えるほど仲の良い人はいませんでした。決してチームからあぶれていたわけではありません。チームメイトとはそこそこ交流がありましたし、最終的に副キャプテンの仕事もすることができました。監督に怒られないようにやるのに精一杯で、チーム内の人間関係など考える余裕がなかったというのが正直なところです。

 

 

中学生時代

 

中学生になった僕が最も帰属意識を感じていたのは、クラスではなく部活でした。部活には3人友達がいました。そのうち2人は小学生の頃からのつきあいでした。残りの1人は小学生の頃に僕とは別の野球チームに入っていた人です。当時、同学年の部員に野球をやっていた人は僕と彼の2人しかいなかったので話が盛り上がり、それがきっかけで仲良くなりました。

 

往々にして部活のなかにはいくつかのグループができるもので、僕が所属していた部活にもグループが何個かありました。僕のいたグループは部内では傍流に位置し、部活をバリバリ頑張るキラキラしていた人たちとは少し距離がありました。僕はそんなに部活に真面目に取り組んでいなかったので、部活の時間中はそのグループのなかで友達とつるんでいました。

 

クラスの中でも特に疎外感を覚えることはありませんでした。僕のいた学校は6人程度の班で動くことが非常に多く、授業も一人一人の机が離れているのではなく、机を班ごとにくっつけて受けていました。皆さんも小学校の給食の時間のときは何人かで机をくっつけていたと思いますが、その机の配置のまま授業を受けるイメージです。そのおかげで班の人とコミュニケーションをとることが多く、さすがの僕でもぼっちになることはありませんでした

 

また、学級委員などの職に就いていたこともぼっちにならなかった原因だと思います。クラスから孤立した学級委員というのはあまり聞きませんからね(笑)。

 

以上のように、中学生の頃も人づきあいが上手だったとは言えませんが、ぼっちになることもありませんでした

 

 

高校生時代

 

僕がぼっちであると自覚するようになったのは高校生のときからです。

 

高校に入学したあと、気づいたらクラスのなかで孤立していました。今考えると、次の3つが原因だと思います。

 

1.もともと友達を作るのが下手

2.積極性がなかった

3.クラスが合わなかった

 

そもそも友達作りは下手でした。コミュ障ですしね。間違いなくこれは原因の一つです。

 

そして積極性も足りませんでした。高校入学のあと、クラスメイトに友達ができるのをただ傍観していただけでした。友達ができないかもという危機感が明らかに不足していました。

 

ただ、1年生のころ友達ができなかったのは、正直に言って運も悪かったと思います。僕は性格が離れすぎている人とはあまり仲良くなることができないのですが、クラス内に性格が合う人がほとんどいませんでした。自分の外に責任を押し付けるのもどうかという気もしますが、1年生の頃に友達ができなかったのは、不可避だったかもしれません。

 

そして翌年、クラス替えがありました。この頃にはすっかりぼっち気質を身につけていた僕は、年度の最初の自己紹介で「昨年もクラス内で孤立していたので、たぶんこのクラスでもこんな感じでしょう」と言ってしまいました。こう言えば笑いがとれるかなと思って、つい口から本音が出たという感じです。実際笑ってくれる人はいたのですが、この発言が決定だとなり、2年生のクラスでも孤立しました。

 

今思えば、このときのクラスでは頑張れば友達ができた気がします。実際、自己紹介であんなことを言ったにも関わらず、学年の途中からは話し相手ぐらいは何人か見つかったので。このとき友達ができなかった原因は、友達を作ろうとしなかったことだと言えます。

 

このようにクラスでは孤立していましたが、部活では何人か友達ができました。なんだかんだ言って、部活ってすごいですね。多少コミュ力のない人間でも、部活に入って部員と時間を過ごせば友達ができます。このときの部員は気の合う人が多かったというのも幸運でした。

 

 

まとめ

 

以上をまとめると、もともと僕はぼっち予備軍で、高校でぼっちになったのを機に僕のなかのぼっち気質が発現したということだと思います。

 

ただ、人づきあいが下手ではあるものの、ある程度条件がそろえば友達を作ることも可能だと感じました。それは、(1)活動頻度の少なくない集団のなかで(2)自分と気の合う人を見つけることができ(3)その人とそこそこの期間関わるという3つの条件です。

 

1つ目の条件についてですが、これまでの僕の友達とは全て部活やクラスといった集団のなかで出会いました。しかもそれは、1週間に数回ほど集まる、活動頻度の少なくない集団です。大学のサークルは活動頻度が少なかったので、友達ができませんでした。

 

2つ目の「気の合う人を見つける」ですが、これは運の要素が大きいです。自分がいろいろなタイプの人と仲良くなれないのが悪いのですから、仕方ありませんね。今までの交友関係を考えると、ウェイ系ではないものの自分より活動的な人と友達になることが多かったです。まあ、そんな人はあまり見つけられませんけどね…。

 

3つ目のそこそこの期間関わるですが、僕はコミュ障なので、人と短期間で仲良くなるということができません。最低でも2ヶ月くらいかけないと仲良くなれません。出会ったその日のうちに他人と仲良くなれる人がうらやましいです…。

 

以上の3つに加えて、僕は一度に仲良くなれる人が少ないことに気づきました。今までクラスや部活などの一つの集団のなかで仲良くなった人の数は、多くとも5人でした。基本的に3人くらいです。いやー、二十年近く生きてきて初めて気づきました。僕は友達のキャパが少ないようです。

 

しかし、以上の議論を肯定的に捉えれば、ある程度条件がそろえば友達を作ることができると言えます。今後友達を作りたいと思ったら、頑張れば友達ができるかもしれないと思いました。

 

以上、僕のこれまでの交友関係を振り返って、僕がどうしてぼっち気質になったのかをまとめました。自分の交友関係についてまとめてみるのは意外と楽しかったので、皆さんもぜひやってみてください。自分の意外な一面に気づくかもしれませんよ。