かくのごとく、我思えり

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ぼっちは自己中心的だ、それのどこが悪い?

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ぼっちには自己中心的な人間が多いです。より正確に言うと、人はぼっちになると自己中心的になります

 

人間の思考や意識は、自分自身に関するものと他者に関するものとに分けることができます。例えば、「今日は映画を見よう」とか「晩御飯にハンバーグを食べたい」というような思考は自分自身に関するものですし、「〇〇くんは元気にしているだろうか?」とか「××さんのことが好きだ」というような思考は他者に関するものです。

 

多くの人は自分自身に関する思考と他者に関する思考を使い分けています。自分のことばかりを考えているわけではありませんし、かといって他人のことだけを考えている人もいません。

 

しかし、ぼっちの場合、自分に関する思考が極端に多いです。ぼっちには親しくしている人がいないため、思考の対象となる他者の存在が欠落しているのです。つまり、ぼっちは他人のことを考えていない自己中心的な人間だと言えます。

 

これまで僕は、ぼっちはこのように他人のことを考えていない、いわゆる「ジコチュー」だから友達ができないのだと思っていました。でもよく考えれば、他者に関する思考も実は自分のためであるものが多いと分かります。

 

例えば、他者に関する思考の例として挙げた「××さんのことが好きだ」という思考は完全に自分のためのものです。この思考には、「××さんと付き合いたい」とか「××さんにも自分のことを好きになってもらいたい」という自分の利益に関する意識が混ざっているからです。そしてこのような恋愛感情を抱く人は、下手をすると相手の感情を無視して「ジコチュー」になってしまい、トラブルを引き起こすことがあります。

 

それでは、「□□くんにプレゼントをあげよう」という思考はどうでしょうか。これは他者が関わっている思考であり、しかも一見すると利他的な思考であるように思えます。しかし、この思考も自分のためである場合が多いです。なぜなら、プレゼントを贈る際、「ここでプレゼントをあげれば□□くんともっと仲良くなれる」とか「ここで□□くんにプレゼントをあげないと不義理だと思われる」という自分の利益に関する思考を全くしない人はあまりいないからです。

 

つまり、他者に関する思考をしているときも実は自分のことを考えている場合が多いのです。つまり、他者に関する思考の多くはおためごかしであると言うことができます。

 

他者に関する思考にも利己的な意識が混ざっている以上、自分に関する思考だけを利己的だというように悪く捉えられる筋合いはありません。確かにぼっちは自己中心的ですが、それは「ジコチュー」だなどと非難されるものではなく、人として自然なことなのです。

 

ぼっちの人のなかには、「自分はジコチューだから友達がいないのか」と悩んでいる人もいるかもしれません。しかし、思考が自己中心的なのは普通です。むしろ、ぼっちは思考を他者に向ける必要がなく、自分のことさえ考えていればよいと考えることもできます。ぼっちになった人は、自分と向き合う機会が与えられたと思って、自分の能力を高めたりじっくり思索にふけったりしてみてはいかがでしょうか。