かくのごとく、我思えり

京大生が、本の感想や勉強のことを書いていきます。

「#九州の男尊女卑」だけではない九州の旧態依然たる体質

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はじめに

 

今、Twitterで「#九州の男尊女卑」というハッシュタグが話題になっています。女性差別の問題に限らず、九州には旧態依然とした体質が残っています。特に中高年の人には昔ながらの習慣が残っています。宴会で女性が男性に給仕をするべきという考えはその典型でしょう。とはいえ、若者も古い習慣に全く無関係というわけではありません。

 

僕は、本州出身の両親を持ち、幼少の頃は関東に住み、小学3年生の頃からは10年ほど九州に住んでいました。そのため、九州のことを知りつつも、九州の外の視点も持っていると自負しています。女性差別に関する体験談は既にTwitterに数多く投稿されているので、今回は、若者のなかに残る九州の旧態依然たる体質を、女性差別以外の面から書いていきます。

 

 

応援団

 

僕がいた高校の運動会では、応援団が舞を披露します。応援団の練習に関して驚いたことが何個もありました。

 

まず驚くのが、熱中症になる団員が続出することです。運動会は夏休み明けすぐにあるので、運動会の幹部たちによる練習や作業は夏休みに行われます。当然、熱中症になる人が出ないように日陰で行われることが多いです。しかし、応援団の練習は必ずグラウンドで行われます。その結果、熱中症になる団員が続出します。練習が始まったばかりのときは、まだ団員の体力が十分についていないので、毎日2人ほどの団員が保健室に運ばれていきます。多いときは20人の団員のうち5人ぐらいが熱中症になります。一定の気温を超えた日は屋内で練習するなどの対策はできないのでしょうか。

 

まあ、学校のキャパの問題もあるでしょうし、応援団が外で練習するというのは理解できます。しかし、これ以外に僕には全く理解できないことがありました。練習中に水を飲むなという時代ではありませんので、応援団員は練習の合間に水を飲みます。しかし驚いたことに、応援団員は桶に入れた水を、柄杓を使って飲むのです。桶は外に放置しているのでゴミが入りますが、そんなことにはお構いなしです。桶の水を飲めば応援がうまくなるというわけではありません。水なんて各自が水筒を持ってきて飲めばよく、この制度は非合理的としか言いようがありません。

 

 

出身高校≧出身大学

 

学歴を見る際、通常最も重視されるのは最終学歴です。つまり、大卒の人であればその大学名を見られます。しかし、九州では出身大学と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に出身高校を重視する人がいます。特に高齢者はその傾向が顕著で、県立の進学校を東大と同じくらい評価する人もいます。

 

また、名門の大学であっても知名度が低いというのも九州の特徴です。さすがに東大・京大・早慶レベルであればほとんどの人が知っています。しかし、一橋大や東工大は一気に知名度が落ちます。MARCHや関関同立、多くの国公立大も知らない人が少なくありません。関西大学に進んだ地元の友人が、「中学の同級生で関西大学のことを知らない奴がいるんだ」と言っているのを聞き、少し驚きました。

 

 

変わりつつある九州

 

それでも九州は旧態依然とした体質から抜け出し始めています。「#九州の男尊女卑」というハッシュタグがついたツイートにこんなものがありました。

 

 

 

どうやら学校のリーダーを決める際に女性差別が行われていたようです。しかし、僕が所属していた中学・高校ではそのようなことはありませんでした。中学では、生徒会役員10人の男女比がおよそ半々の代がほとんどでした。ある代では女子が生徒会長になりましたし、別の代の生徒会役員は7割を女子が占めていました。また高校でも、生徒会役員3人全員が女子であった代がありました。また、運動会のブロック長も、毎年1人は女子がいました。

 

もちろん、僕がこう主張することによって先のツイートの内容を否定する意図は毛頭ありません。もしかしたら、いまだに学校のリーダー選出における女性差別が残っているのかもしれません。しかし、僕の経験する限りではそのような女性差別はなかったということも伝えたかったのです。

 

 

最後に

 

僕は熱血があまり好きではないということもあり、九州の古臭さはあまり好きではありません。しかし、青年期を九州で過ごせたことは良かったと思っています。僕がずっと関東で育っていたら、古臭いものに対する免疫がつかず、社会に出て困ったでしょうから。とはいえ、誰かを不当に苦しめる古臭さがあるのなら、それは改善されるべきでしょう。かつて九州に住んでいたものとして、九州がより住みやすい場所になることを願っています。