かくのごとく、我思えり

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『幸色のワンルーム』は実写ドラマ化するべきではなかったのか?

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はじめに

 

先日、テレビ朝日は7月に開始予定だった『幸色のワンルーム』というドラマの放送を中止することを決めました。僕はこのドラマの原作となっている漫画を読んだことがなく、放送中止のニュースを見て初めてこの作品の存在を知りました。そして、この作品に興味がわいたので実際に読んでみました。今回は、『幸色のワンルーム』を実際に読んだ僕が、「『幸色のワンルーム』は実写ドラマ化を中止するべきなのか」ということを考えていきたいと思います。

 

※この記事では、作品の面白さという観点から『幸色のワンルーム』の実写ドラマ化の是非を問うているわけではなく、実写ドラマ化することに倫理的な問題はないのかということに焦点を当てています。あらかじめご理解のほどよろしくお願いいたします。

 

  

実写ドラマ化することの問題点は何か?

 

『幸色のワンルーム』を実写ドラマ化するうえでの問題点は次の3点でしょう。

 

1.『幸色のワンルーム』はセカンドレイプではないか。

2.『幸色のワンルーム』は誘拐することを肯定しており、誘拐を助長しかねないのではないか。

3.『幸色のワンルーム』は誘拐されれば生活が好転するかのように描かれており、誘拐などの未成年者を狙った犯罪の被害が増えるのではないか。

 

まず1番についてです。セカンドレイプとは、一度強姦や痴漢などの性犯罪が起こった後に生じる二次被害のことです。例えば、警察官が性犯罪の被害者に対して「君にも隙があったんじゃないの」と言うことはセカンドレイプに該当します。ですが、ここで言うセカンドレイプはそれよりも広い意味で使っています。つまり、『幸色のワンルーム』が実写ドラマ化されることで、誘拐の被害者が心理的にダメージを負うのではないかということです。

 

しかし、なんでもかんでもセカンドレイプと言えるわけではありません。例えば、殺人事件の被害者が「事件のことを思い出すから推理小説は作らないでほしい」と言いそれが実現したら、世の中から推理小説はほとんどなくなってしまうし、「痴漢被害を思い出してしまうから痴漢に関するドラマは作らないでくれ」と言われたら、痴漢がテーマの法廷ドラマは作られなくなってしまいます。他方で、例えば現実の強姦事件をそっくりそのまま真似たAVは社会的に容認されないでしょう。現実に起きた犯罪をフィクションとして描いて良いか否かは、そのフィクションのモデルとなった事件との類似性にあると思います。つまり、人の心を著しく傷つけた事件にあまりに似た作品を作ることは許されないのです。

 

この観点からいくと、『幸色のワンルーム』には埼玉県朝霞市で起きた誘拐事件をモデルにしているのではないかという疑念があります。朝霞市の誘拐事件では、中学生の女子が約二年間にわたって誘拐犯の家に監禁されました。『幸色のワンルーム』の作者がこの事件に着想を得たのではないかと疑われているわけです。

 

しかし、実は朝霞市の事件と『幸色のワンルーム』にそれほど共通点があるわけではありません。両者が似ているところは、誘拐の被害者と加害者の年齢、それから二人が加害者の家で共同で生活していたという点くらいでしょう。共に生活していたといっても、朝霞市の事件では被害者の女性は逃げたいと願っていて、無事逃げることができたのに対して、『幸色のワンルーム』では被害者の女性は誘拐されることを肯定的に受け入れています。

 

それではなぜ『幸色のワンルーム』が朝霞市の事件をモデルにしたと言われるのでしょうか。その理由として、この漫画の発表された時期が挙げられます。『幸色のワンルーム』は、作者がTwitterに発表し、それが人気を博したのをきっかけに単行本化したのですが、その漫画がTwitterに初めて発表されたのが2016年9月20日です。この時期はちょうど朝霞市の事件の初公判が開かれ、世間でこの事件が取り沙汰されていた時期です。実写ドラマ化に反対する人たちは、このことを根拠に「『幸色のワンルーム』は朝霞市の事件をモデルにしている」と主張しています。

 

しかしこれはあくまで憶測です。それだけで実写ドラマ化中止という表現の自由にも関わることをしてよいとは思いません。さらに言えば、先述したように朝霞市の事件と『幸色のワンルーム』はかなり異なります。よしんば作者が朝霞市の事件を大なり小なり参考にしていたとしても、結果的に作品が事件と似ておらず作者がそのことを公言しなければ問題ないと思います。

 

そして2番の批判(『幸色のワンルーム』は誘拐を美化しており、誘拐を助長しうる)についてですが、『幸色のワンルーム』は決して誘拐を美化しているわけではありません。もしこの作品が誘拐を美化していると感じ、それをきっかけに未成年者に対して事件を起こすような人間がいたとしたら、『幸色のワンルーム』を見なかったとしても早晩何らかの事件を起こすように思えます。そう思うくらいには『幸色のワンルーム』は誘拐美化とは程遠いです。

 

最後に3番の、『幸色のワンルーム』では誘拐されれば生活が好転するかのように描かれており、誘拐などの未成年者を狙った犯罪の被害が増えるのではないかという批判についてです。これも、この作品を普通に読めばそういう発想にはならないのですが、思春期の子供は往々にして未熟な部分があるので、そういう発想に至る人もいるかもしれません。でも、それはテレビ局も自覚していて、だからこそ放送時間は遅めに設定されるなどの工夫はされています。それ以上のことをドラマの制作側に求めるのは酷ではないでしょうか。

 

 

最後に

 

以上、僕は『幸色のワンルーム』を擁護する立場で書いてきました。2番と3番に関しては、受け手側が問題であり、創作者側に責任を押し付けるべきではないと思います。ただ1番のセカンドレイプに関する批判は正直に言うと完全にはねのけることは難しいような気がします。というのも、いくら作品と事件の類似性が低いとはいっても、このドラマが放送され、話題になれば朝霞市の事件の被害者は心を痛める可能性は高いと思うからです。

 

そういう意味では、今回の実写ドラマの放送中止という出来事で一番問題があるのはテレビ朝日ではないかと思います。『幸色のワンルーム』の放送によって傷つく人が現れたり事件・問題が起きたりする虞があるのは事実です。これはテレビ朝日側も十分わかっており、批判が来ることも予見できたでしょう。だからこそ安易な気持ちで実写ドラマ化するべきではないし、実写ドラマ化を一度決めた以上は、この作品に批判を跳ね返すことができるメッセージ性があると信じて実写ドラマ化を貫き通すべきだったと思います。どっちつかずの行動をしたテレビ朝日は大いに反省してほしいと感じています。