かくのごとく、我思えり

京大生が、本の感想や勉強のことを書いていきます。

読書感想文『君たちはどう生きるか』

『君たちはどう生きるか』 吉野源三郎 著/岩波文庫

 

こんばんは、京大生ブロガーの工藤冬樹です。

今回は今話題の『君たちはどう生きるか』の感想を書いていこうと思います。

 

感想を書いたのは『ゴルギアス』のほうが先でしたが、僕が初めて読んだ岩波文庫は実はこの本です。「大学生なのに岩波文庫も読んでないとかwww」というネットの言葉に踊らされて書店に行った僕の眼にこの本が飛び込んできました。パラパラと読んでみる限り、文体も平易だし挿絵も入っていて読みやすそうだと感じ、そのまま購入しました。実際に読んでみると、著者が意図しているように、中学生ぐらいの年齢の人向けの本のように思えます。しかし、大学生になった僕が読んでも琴線に触れた箇所もありました。

 

この本の主人公は15歳の少年コペル君です。コペル君が身の回りで起こったことについて考えたことをおじさんに話し、そしておじさんがコペル君にさまざまなことを教えていきます。

 

p.186にはこのようなことが書かれています。

 

この流れにしっかりと結びついていない限り、どんな非凡な人のした事でも、非常にはかないものだ

 

「流れ」というのは大昔から脈々と流れてきた人間の進歩の歴史のことだと書かれています。しかし、歴史の流れが本当に進歩なのかは分かりません。もしかしたら人間は悪い方向に進んでいるのかもしれない。よしんばその「流れ」が良い方向に向かっているのだとしても、自分がどうしても捨てることができないと考えている信念と「流れ」が同じ方向をむいていないのなら、逆行しても構わないと僕は思います。ただ、それに従うか従わないかは別にしても、「流れ」を的確に把握するのは重要だし、「流れ」に背いたら周囲の賛同を得られず悪い結果を引き起こしかねないということは頭に入れておくべきだと思います。

 

pp.52-58には生きる意味を見つける方法が書かれています。それによると、人間が自らの存在意義を見つけるためには、過去の人々の思想を学ぶと同時に、自分が本当に感じたことや心を動かされたことから出発して、その意味を考えることが必要だそうです。その際、自分の感情を少しもゴマ化してはならないと書かれています。

 

そして、心を動かされたことの意味を考えるということの具体例が、6章から7章にかけての雪の日の出来事だと思います。コペル君には三人の友達がいました。そのなかの北見君という子が先輩と険悪な仲になっています。そこでコペル君たち四人は、もし北見君が先輩たちに殴られるようなことがあれば、そのときは他の三人も北見君の味方になって先輩たちに殴られようという約束をします。そして事件は冬のある雪の日に起きました。コペル君の行為が引き金となって北見君が先輩たちに殴られてしまったのです。それを見た他の二人は約束通り先輩たちに殴られに行きます。しかしコペル君は怖くなってしまい先輩たちの前に出ることができませんでした。その後コペル君は約束を破ってしまった自分を責め寝込んでしまいます。

 

僕はこの話を読んでとても心が痛みました。というのも、僕にも悪事を働いたのに名乗り出なかったという経験があるからです。きっと多くの人にこの「雪の日の出来事」にあたる経験があると思います。

 

さて、そんな傷心したコペル君に対して彼のお母さんはこんなことを言います。

 

そんな事(後悔するようなこと)があっても、それは決して損にはならないのよ。その事だけを考えれば、そりゃあ取りかえしがつかないけれど、その後悔のおかげで、人間として肝心なことを、心にしみとおるようにして知れば、その経験は無駄じゃあないんです。それから後の生活が、そのおかげで、前よりもずっとしっかりした、深みのあるものになるんです。潤一さん(コペル君)が、それだけ人間として偉くなるんです。だから、どんなときにも、自分に絶望したりしてはいけないんですよ。そうして潤一さんが立ち直って来れば、その潤一さんの立派なことは―、そう、誰かがきっと知ってくれます。 (p.248 括弧引用者)

 

さらにおじさんはこんなことをノートに書き留めます。

 

自分の過ちを認めることはつらい。しかし過ちをつらく感じるということの中に、人間の立派さもあるんだ。「王位を失った国王でなかったら、誰が、王位にいないことを悲しむものがあろう。」正しい道義に従って行動する能力を備えたものでなければ、自分の過ちを思って、つらい涙を流しはしないのだ。 (p.256)

 

これらの言葉はかなり心に響きました。僕たちはときにひどく後悔するような失敗をしてしまいます。そして、「自分はなんてダメな人間なんだろう」と思う。もう生きていても仕方ないとすら感じるかもしれません。でも、後悔しているという事実から、自分は立ち直れるという希望を見つけ出し、そして、今後悔していることはきっと無駄にはならないと信じて、否、無駄にするまいと努力して立ち直るしかないのでしょうね。